女心の不思議と快楽のありか

年賀状を書かなくなっている。
少しずつ年賀状を書く枚数を減らして、現在はゼロになっている。
その分が、パソコンへのメール、スマホへのメールやLINEのトークとなって、義理ではなくある程度は親しかった人達からは何らかの方法で、おめでとう、今年も宜しくと連絡が来ている。
今年は、その中で、誰だろ?!と、一瞬名前が思い出せない人がいた。仕事がら、また、海外に暮らしていたこともあるので、横文字の名前の友人も多く。仕事関係の人は職場のパソコンに来ているので、仕事関係ではないなぁ!とは思っていて。
そのメールは、幸せに暮らしています、今年も元気でいて下さいね!
言葉としてはそれだけで、誰からかな?私少し記憶力落ちたのかな?と、釈然としないまま、忙しさに感けて放置していた。
名前は日本名で、、あら?、、その名前には、記憶があった。以前、短文の創作のモデルとして使わせて頂いた人の名前と同じで。
情念の人、純愛の人として書かせて頂いた。
ご主人が亡くなり、再婚などありえないはずで。
海外のそれも、イタリア人の??
えー??と、まさかまさかと、すぐ調べてみないと納得しない性格ゆえに、メールであなたは、
〇〇子さんですか?と送信してみると、
そうです。〇〇子です。再婚しました。イタリアの方で、15歳年下の男性です。
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それから電話に切り替え、長々とおしゃべりしましたが、以前の楚々として、1人旦那様を静かに愛していたイメージとは、まるっきり違っていて、驚きでした。明るくなっていました。幸せオーラ満開でした。新しい旦那様の自慢話をします。
本人が幸せならば、それで良いのですが、
女性の変化には、男次第で相当に変化する様に、驚きしかなかったのですが。
同い年ですから、
ご主人を亡くされて、お子さんもいないので、
再婚されても障害はなく、
ただ、あれだけ、ご主人が亡くなり、お墓にすがって泣いていた人ですから、私としては驚きで。
共通の友人とその件で話すと、
「あなたは、気付いていたはずです。〇〇子さんを純愛の人としながら、情念の人と言っていたでしょう!
情念なのよ、〇〇子さんは。」
愛したら、一直線。ひたすら、その愛に向かう。
「あなたとは正反対よ!
あなたは、一般的な欲は無いけど、計算高い!
付き合っても、◯◯子さんのようには、走らないでしょ!」
はあ!そうかも!
私と〇〇美さんは、元々の友人で、作品を書くに際して、〇〇子さんを〇〇美さんが紹介してくれた。
3人同い年で、同じ頃に結婚していた。
◯◯美さんだけは、双子ちゃん一組と、もう1人、
子供に恵まれている。私は1人で終わった。
いつも冷静で、
〇〇子さんも私も夫を亡くしたけれど、〇〇美さんだけは、ご夫婦仲良く田舎町で元気に暮らしている。
今は再婚しちゃうんだ、、、還暦過ぎて、海外の人と、、と。驚きもあった。
〇〇子さんは子供がいないので、再婚も気楽だったのだろうけれど。
「あなたは再婚する気持ちはないはずよ!
きっと。私はそう思うわ。
息子さんも、ややこしくなるから反対するでしょ、、」
〇〇美さんは、お見通し。いつもお見通し。
新しい男性に走れる〇〇子さんは、私にすると羨ましいかもしれない。
計算高いとか〇〇美さんは言うけれど、
会って、食事して、お話して、ホテルへ。
快楽は一時。
その快楽に走ることは私には出来ない。
愛と快楽はイコールでもなく。
その快楽は必要ないのか?と問われると、
不必要ではない。欲しくなることもある。
正直にそれを話し、再婚は考えられないと話して。
それならば、セフレとしてで良いのでと。
相手に家庭があったら、私はそのような関係にはならない。若い時からそれだけは守っている。不倫とか道徳的に問題とか、それは嫌だというより、面倒くさいから。そこを計算高いと言うのかもしれない。
〇〇美さんにそれを話すと、
「あなたは、そうなのよ!
若い時から、同じよ!
あなたが悪いわけじゃないけど、
悪女よ!でも悪女でないから不思議。
〇〇子さんは、正直なのよ!
愛が大切、快楽と愛はイコールで、好きになったら、一緒にいたい。
あなたとは真逆よ。
あなたは、その時だけでいい、あとは、うるさくなる。
もう、私達、還暦過ぎて、おばあちゃんよ!いくら若く見えても、おばあちゃん!
あなたは、きっと死ぬ瞬間までそれよ!
魅力的だから、誰かはそばにいる。
多分、同性にすると一瞬は嫌うのよ!
でも、あなたを知ると、嫌うどころか大好きになる。
あなたを抱く男性もそれよ。
自分以外にもいると知っても、別れたくない。奇特な人よ。あなたは。」
言ってくれる!しかし、◯◯美さんは事実を言っている。友人だから。若い頃からの友人だから。批判でもない、事実を言い当てている。
一瞬の快楽のために結婚するということにも、ひどく迷って、今ははっきりしている。快楽は必要だけれど、それで再婚をする気持ちにはならない。
亡くなった夫の情熱に私は根負けして結婚した。
20代の頃から、愛=快楽=結婚とは考えなかった。
別のものだった。充分過ぎる快楽を与えてくれたから、大好きになり、離れたくなくなるなどはなかった。
ホテルを出ると終わりだった。
私が結婚し、それでも忘れられずに、独身を通した人がいて。
仕事がらみで、こちらに越してきてから再会して、
若い時の関係が始まった人がいる。
その人は、理解しているのか、私は愛に走れないのだと。セフレで充分と言う。しかし、そこに再婚したいと新しい人が表れても、
彼には自信があるのだろう!私は再婚はしない!
決して再婚はしないだろう。
はっきり愛と快楽とを分けて考えているのだから。うっとうしい再婚などはしないと。
余裕の顔をしている。
付き合っていた女が、他の男と結婚し、子供も生まれた、それでも、他の女性とは結婚しなかった。
彼は余裕の風で私の股間に顔を埋める。
さんざん快楽に喘いだとしても、
ホテルを出ると、他人。
じゃあ、また来月。
仕事関係で顔を合わすこともあるけれど、
互いにそんな関係は見せようもない。
意見が各社で荒れたとき、数回助けてくれたことがあるけれど、それは、彼と私の思考の原点が似ているから。
◯◯子さんは、イタリアの南部に住み着くらしい。大丈夫?と問う私に、
自分には係累者は誰もいない。
この地で人生終わりにするだろう!若い彼が私の最後についていてくれるだろうから、安心なの。
愛すると、信じるはイコールだろう!
◯◯子さんにとっては。
私は、イコールにはならない。
人間の気持ちは変わると考えているので。
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